世界に日本のIPを届けるプロデューサーを育てる――iU大学「グローバルエンタメ・プロデューサー・プログラム」GPPレポート:阿部川学部長インタビュー

コンテンツ立国への鍵としての「グローバルIP」
日本発のアニメ・ゲーム・マンガ・音楽・映画などのコンテンツは、いまや世界中のファンを惹きつける一大産業に成長しています。
経済産業省の資料によれば、日本のコンテンツ産業の海外売上は2023年時点で約5.8兆円に達し、半導体や鉄鋼を上回り、自動車に次ぐ規模にまで拡大しています。
こうした背景のもと、経済産業省は「エンタメビジネス人材確保に向けた調査実証事業」や「クリエイター事業者支援事業」などを通じて、IP(知的財産)を軸に世界市場で戦える人材育成を推進しています。
iU情報経営イノベーション専門職大学(以下、iU)は、ICT・ビジネス・グローバルの3本柱でイノベーターを育成する専門職大学として、全学生に起業経験を求める独自のカリキュラムを展開してきました。
そのiUが、経済産業省の委託事業として立ち上げたのが、今回レポートする「グローバル エンタメ プロデューサー プログラム(GPP)」です。
IPビジネスとエンタメを軸に、世界レベルのビジネス感覚と交渉力を兼ね備えたプロデューサーを育てる、いわば「グローバルIP系授業」の実践版と言える取り組みです。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000312.000061260.html
経産省支援の「グローバル エンタメ プロデューサー プログラム(GPP)」とは
GPPは、経済産業省が推進する「エンタメビジネス人材確保に向けた調査実証事業」に採択された短期教育プログラムです。
実施主体はiUと、グローバルマネジメント教育で世界的に知られるアリゾナ州立大学サンダーバードグローバル経営大学院(Thunderbird School of Global Management)。
2025年度は、8月30日・31日と11月22日・23日の2回、東京ポートシティ竹芝にあるiU竹芝サテライトオフィスで、各回2日間の集中プログラムとして実施されました。
定員は各回30名規模。参加費は経産省支援により無料とされ、エンタメ企業のプロデューサーや経営層、IPビジネスに関わる弁護士やスタートアップ関係者など、多様なバックグラウンドの参加者が集まりました。
プログラムのテーマは、「世界で戦えるエンタメプロデューサーの育成」。公式発表では、以下のようなスキル獲得が掲げられています。
エンタメプロデューサーのスキル
- 国際交渉に不可欠な交渉スキル
- 海外展開を見据えた投資戦略
- AIを活用したコンテンツ洞察
- IP価値を最大化する収益化モデル
カリキュラムは、ハリウッドのビジネス戦略、K-POPのグローバル展開、中国メディアの事例など、世界各地のコンテンツビジネスを横断的に扱うケーススタディで構成されており、知的財産を核にしたグローバルIPビジネスの実像を立体的に学べる設計になっていました。
授業レポート:英語で学ぶ、エンタメ×IPビジネスの最前線
1日目:世界のエンタメ市場を「IPの目」で読み解く
授業の講師を務めたのは、サンダーバードのDavid Slocum教授。2日間の講義は基本的に英語で進行しつつ、要所での日本語サポートも交えながら、世界のエンタメ市場を俯瞰するところからスタートしました。
1日目の前半では、映画、ゲーム、音楽、配信プラットフォームなど、複数のエンタメ産業の売上推移やプレイヤー構造、主要IPの展開モデルが紹介されました。
スライドには、ハリウッドメジャー、ストリーミングプラットフォーム、K-POP事務所、中国系メディア企業などの事例が並び、それぞれがどのようにIPを取得・育成し、グローバル展開しているかが、定量データとケーススタディの両面から解説されました。
印象的だったのは、Slocum教授が繰り返し強調した「組み合わせ」と「交差点」というキーワードです。
ある受講者は自身のレポートの中で、「エンタメ業界の常識の中だけで考えず、他業界との掛け算や新技術との交差を常に意識することの重要性を痛感した」と振り返っています。
IPをコンテンツ単体ではなく、「他のIPやテクノロジーと掛け算することで価値が跳ね上がるアセット」として捉え直す視点は、多くの参加者にとって新鮮だったようです。
グループワーク:日本発IPの「世界戦略」を描く
午後は、少人数グループに分かれてのワークショップです。参加者はそれぞれが持ち寄った自社IPや関心領域を題材に、「3年で海外売上を◯%にするには?」という問いに取り組みました。
ワークの中では、以下のような観点でディスカッションが行われていました。
- どの国・地域を最初のターゲットにするか
- 映像化、ゲーム化、グッズ展開など、どの順番でメディアミックスを進めるか
- 現地パートナーやプラットフォームとの交渉戦略
- ファンコミュニティの形成と維持
Slocum教授は各テーブルを回りながら、「数字とストーリーの両方で説得力のあるプランになっているか」「IPのコアバリューがぶれていないか」といった視点からフィードバックを行い、プランの「グローバル化度合い」を一段引き上げていきました。
2日目:交渉術と収益化を体で覚える
2日目は、より実務に近いテーマに踏み込みます。
午前中は、配信プラットフォームや海外パブリッシャーとの契約交渉を想定したロールプレイ。参加者はコンテンツホルダー側とバイヤー側に分かれ、ライセンスフィーや最低保証、二次利用の条件などを巡って英語で交渉を行いました。
午後には、AIを活用したコンテンツ分析や観客データの活用事例が共有され、IPのポートフォリオをどのように組み立て、どのような収益モデルを描くべきかが議論されました。AIを単なる「効率化ツール」としてではなく、「IPの潜在価値を見つけるためのレンズ」として使う考え方は、生成AIの進展とともに、今後ますます重要になるトピックです。
プログラムの最後には、参加者一人ひとりにサンダーバード大学院名義の修了証が授与されました。
受講レポートを公開した参加者の一人は、「30年以上ぶりに卒業証書をもらう感覚で、2日間の学びが形になった」と喜びを綴っています。
https://note.com/tokuriki/n/n12dea67c2e92
受講者の声:研修とネットワーキングが生む「横のつながり」
GPPは、世界トップレベルの講義を日本にいながら受けられる貴重な機会であると同時に、「エンタメ業界の未来を真剣に考える人たち」のハブにもなっていました。
ある受講者は、「業界の内側だけでは見えにくい構造や、他業界との連携の可能性に気づけた」と話します。また別の参加者は、「研修そのものと同じくらい、同じ問題意識を持つ参加者同士で語り合えるネットワーキングの価値が大きかった」と振り返ります。
こうした「横のつながり」は、IPビジネスにおいて極めて重要です。実際、GPP修了者の中には、プログラム後に共同プロジェクトを立ち上げたり、自身の専門領域(著作権法やファイナンス)を活かして他の参加者のIP展開をサポートしたりする動きも出てきています。
GIPIと「グローバルIP学」への接続
iUは2025年7月、INFINIT8株式会社と共同で、グローバルIPビジネス研究機関「GIPI:Global IP Institute」を設立しました。
GIPIは、日本発IPの海外展開モデルの研究や、国内外のIP事例・市場データのアーカイブ、フォーラムやワークショップの開催などを通じて、グローバルIP分野の知を集積するハブを目指しています。 
https://www.i-u.ac.jp/news/20250718/
GIPIの研究主幹を務める松村太郎教授は、GIPIの活動を通じて「グローバルIP学」という新たな学問領域を立ち上げたいと語っています。IPをビジネスだけでなく、テクノロジーや国際関係、法制度と結びつけて体系的に学ぶための「地図」をつくることが目標だといいます。
今回のGPPは、その「グローバルIP学」の実践編とも言えるプログラムです。研究機関GIPIが俯瞰的な知の基盤を整え、GPPのような授業が実務家や学生に対して「現場で使えるスキル」として落とし込んでいく。この両輪が回ることで、日本発IPのグローバル展開は、より再現性の高いものになっていきそうです。
阿部川久広学部長インタビュー
「グローバルエンタメ人材は、グローカルな現場から生まれる」
ここからは、GPPを主導したiU情報経営イノベーション学部・阿部川久広学部長へのインタビュー内容をもとに、プログラムの狙いや今後の展望を紹介します。
阿部川学部長は、AppleやDisneyでマーケティングの要職を務め、ITmediaでグローバル戦略担当シニアバイスプレジデントを歴任したのち、現在はiUの学部長として起業・グローバルコミュニケーション教育を担当しています。
Q1. なぜ今、「グローバルエンタメ×IP」の人材育成に踏み出したのか
阿部川学部長は、日本のコンテンツ産業のポテンシャルと課題を、こう整理します。
- IPのポテンシャルは世界トップレベルだが、ビジネスとしてグローバルに展開できるプロデューサーが足りない
- 海外のキーパーソンと対等に交渉し、企画段階からグローバルを視野に入れられる人材が、国内で十分に育っていない
そこで、「世界標準のビジネス教育機関であるサンダーバードと組み、日本にいながら世界レベルのエンタメビジネスを学べる場をつくることが急務だった」と振り返ります。
経産省の委託事業としてGPPを設計した背景には、日本のコンテンツ産業を「国内市場の延長」ではなく、「IPを起点に世界の様々な産業とつながるプラットフォーム」として位置づけ直したいという思いがあったといいます。
Q2. プログラム設計で大切にしたポイント
GPPは2日間の短期プログラムですが、その背後には「MBAレベルの長期プログラム構想」があります。阿部川学部長は、次のような構想を語りました。
- 今回の2日間は、エグゼクティブ向けに要点を凝縮した“ダイジェスト版”
- 将来的には、マネタイズ、DX、AI戦略、財務、法務、交渉術などを体系的に学ぶ長期プログラムに発展させ、MBA取得にもつなげたい
- ディズニー、FOX、Netflixなど、世界の現場で活躍する卒業生・実務家から直接学べる機会を増やしていく
つまりGPPは、「日本におけるグローバルエンタメMBA」のプロトタイプとも言える位置づけです。
2日間で全てを学び切るのではなく、「世界の最前線に触れ、次の一歩を踏み出すためのきっかけ」として設計されている点が特徴だと言えます。
Q3. グローバルIP人材に必要な力とは
阿部川学部長が繰り返し強調するのは、「言語力の前にコミュニケーション力」という視点です。
グローバルに活躍できる人材の条件として、次の3点を挙げています。 
- 自分の文化や経験を理解したうえで、相手と向き合えること
- 相手の言葉や背景をきちんと咀嚼して理解しようとする姿勢
- 互いの違いを踏まえて、新しいコミュニケーションを創り出せること
英語が流暢かどうかよりも、「伝えたい意思」と「相手を理解しようとする姿勢」が重要だという考え方です。翻訳ツールや生成AIが進化するなかで、言語そのものはあくまでコミュニケーション手段の一つに過ぎない、とも指摘します。
さらに、ビジネススキルに加えて「アート(閃き)」の重要性も強調します。MBA的なフレームワークだけでは、同じようなビジネスしか生まれない。多様な経験やケーススタディの蓄積から、自分なりの「ひらめき」を育てることが、IPビジネスの差別化につながると語ります。
GPPは、こうした阿部川学部長の教育哲学を体現する場でもあります。世界の成功・失敗事例から学びつつ、参加者自身の経験や価値観を掛け合わせて、新しいエンタメビジネスの可能性を描くことが求められます。
Q4. 墨田から世界へ――「グローカル」な視点
一見すると、「グローバルエンタメ」と「墨田区のキャンパス」は遠く離れた世界のようにも思えます。しかし阿部川学部長は、BAT Labの活動を通じて「グローカル」というキーワードを提示しています。
たとえば、電動キックボードサービス「LUUP」や三輪モビリティ「Striemo」との連携プロジェクトでは、墨田区という高齢化が進む地域を実証フィールドとし、第三のモビリティがどのように生活を変え得るかを検証してきました。そこで得られた知見は、日本各地や海外の地域課題の解決にも応用できるといいます。
IPビジネスでも同様です。
地方発のアニメーションや音楽イベント、地域スポーツなど、一見ローカルに見えるコンテンツが、グローバルなIPへと成長していく例は少なくありません。阿部川学部長は、「ローカルでの実験とグローバル展開を往復することで、日本発IPの価値を最大化したい」と話します。
Q5. GPPのその先に見据えるもの
最後に、阿部川学部長はGPPの今後について次のような展望を示しています。 
- 2日間のエグゼクティブプログラムを継続しつつ、より長期のMBAレベルプログラムへと発展させる
- サンダーバードに加え、ミラノ工科大学やHult International Business Schoolなど、世界の大学院との連携を広げる
- GIPIが目指す「グローバルIP学」と接続し、学部教育・社会人教育・研究をシームレスにつなぐ
こうした構想が実現すれば、iUは「IPとエンタメを核に、世界で活躍する人材を育てる日本発の教育拠点」として、さらに存在感を増していくはずです。
おわりに:日本発IPを世界へ送り出すために
経済産業省が支援するGPPは、日本のコンテンツ・IP産業が「量」だけでなく「質」と「持続性」の面でも世界と肩を並べるための、重要な一歩と言えます。
iU竹芝サテライトの教室に集った30名規模の参加者は、それぞれの現場で抱えている課題や夢を持ち寄り、世界トップクラスの知と経験に触れながら、自分たちのIPを「世界にどう届けるか」を真剣に考えました。
その背後には、GIPIが描く「グローバルIP学」という大きな地図と、阿部川学部長が掲げる「グローカルな現場から世界を変える」というビジョンがあります。
IPビジネスは、クリエイターの情熱とビジネスの冷静さが交差する場です。今回の授業レポートとインタビューから見えてくるのは、「世界で勝てるIPをつくる」ということが、同時に「世界と対話できる人材を育てること」でもあるという事実でした。
今後、GPPがMBAや大学院教育、さらには学部のカリキュラムへと広がっていくなかで、iUからどのようなグローバルIP人材が生まれていくのか。日本発IPの未来を占う意味でも、その歩みから目が離せません。
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